アーカンジェルは、教え子の有名進学校への合格率98%以上、且つ、美しさを自慢している女性も彼の隣に並ぶと裸足で逃げ出すという白皙の美貌に魅せられた奥様たちの口コミで、いまや「伝説の家庭教師」と呼ばれていた(笑)。
しかしながら彼の白皙の美貌が徒となり、邪な気持ちで近づく保護者は男女を問わず少なくなく、果ては教え子にまで迫られることもしばしばであった。不埒な振る舞いを仕掛けてくる人間には、歩くハムラビ法典の如く、迅速且つ徹底的に粛正の行動をとるアーカンジェルは、「閃光のアーカンジェル」という異名も持っていた。
今回は家庭教師派遣「宮木」の担当ルヴァンガから名指しの依頼で、報酬も良かったので引き受けたのだが…。渡されたプロフィールを確認すると「名前はウランボルグ・聖竜学院中等部3年」のみ。アーカンジェルは軽く嘆息する。
「私としたことが…早まった…」
聖竜学院は幼稚舎から大学院まで設置されており、多くのエリートを卒業生に持つ全国屈指の有名な学校である。大半の学生は、幼稚舎から高等部までエスカレーター式で進む。中等部の時点で家庭教師が必要であるということは、つまり、成績のひどい「落ちこぼれ」か、子供の進路に期待過剰な保護者がいるか、彼自身が目当ての「不純な依頼」である可能性が高い。一旦、引き受けてしまった依頼を断るのは信用に関わる。いやな予感を感じつつ、アーカンジェルは気を取り直して依頼主の元へ向かった。
初めて訪問した依頼主の家で挨拶に出迎えてくれたのは、息をするのも忘れるほど美しい20代後半とおぼしき年齢に見える女性であった。どう年齢を見積もっても、教え子の母親でないことは明らかである。
彼女はアウロラと名乗り、
「私はウランボルグの親戚にあたる者ですの…」
と意味深な微笑みで、アーカンジェルを見つめた。そして、ウランボルグが親と離れて暮らしていること、今の学校では生徒会長をしていること等を説明した後、気になる言葉で締め括る。
「あなたが、あの子の家庭教師になってくださる方だと知った時には、二重の意味で驚きましたが…。あの子は無愛想なので、あなたを困らせることがあるかと思いますが、どうか、よろしくお願いいたします」
『二重の意味?どんな意味だろう…?』
アウロラの発言に戸惑いつつ、家庭教師として一流の評価を得ているアーカンジェルは生徒の家庭事情には一切、口は出さない・興味を持たないことだと、自分に言い聞かせ、家庭教師として最低限、確認しておきたい質問をする。
「…あの、よろしければ…あらかじめ成績状況などを教えていただけますか?」
「まあ、ごめんなさい。そうですね、あの子の成績表をお見せしますわ」
アウロラが差し出した成績表を受け取り、目を通す。成績表から顔をあげたアーカンジェルは複雑な表情で、アウロラを見た。
「その成績、どう思われますか?」
アウロラは苦笑しつつ、アーカンジェルに感想を求める。
「そ、そうですね。5段階評価で全教科すべて評価3ですか。それにしても…」
「困らせてごめんなさい、あなたの疑問は大体、想像がついているのですけど、ちょっと尋ねてみたかったの」
美しい灰色の双眸は、アーカンジェルの戸惑いを見越しているようである。
「ええ、おっしゃる通り、すべての教科が中級レベルの3ですの。評価3なら、焦らなくても高等部に進むことは可能。しかも生徒会長まで任されている。どんな子なのか?なぜ今、家庭教師が必要なのか?―――ね、図星でしょ?」
頭に浮かんでいた疑問をズバリ言い当てられて、アーカンジェルは顔に血の色がのぼるのが、自分でもわかった。ポーカーフェイスは得意だった筈なのだが、どうも目の前の彼女には勝手が違うようである。努めて冷静さを保ちながら、アーカンジェルは尋ねた。
「評価3なら、家庭教師など必要ないのではありませんか?成績が飛び抜けて良くなくても、生徒会長を任されるほどであれば、周囲の生徒の信頼は得ているように思うのですが?」
「あの子の所属するクラスは特進クラスです。あの子の成績は特進クラスの中で最低。それどころか、ひとつの教科も評価5に達しないなど、前代未聞の存在といえます」
「なるほど、だから成績を伸ばしたいということですね、それで納得しました。それでは、彼が生徒会長になった経緯について、教えていただけないでしょうか?」
「そのことについては―――」
アウロラは困ったような表情で、言い澱む。
「それは、あの子に直接きいてください。そうそう、あの子の部屋にご案内しますわ、こちらへどうぞ」
上手くはぐらかした彼女に再度、質問することも憚られ、アーカンジェルは案内されるままに彼女の後に続いた。アウロラは部屋のドアの前に立つとアーカンジェルを振りかえった。
「ここがあの子の部屋です。私はちょっと所用で出かけますので、この部屋でもうしばらくお待ちいただけますか?」
「どうぞ、お構いなく。中で待たせていただきますので」
「申し訳ございませんが、よろしくお願いいたします。それでは失礼いたしますわ」
初対面の自分に家を預けるなんて、不用心なと内心思いつつ、アーカンジェルは彼女を見送り、案内された部屋に入った。
<次回予告>
ついうっかり家庭教師を引き受けてしまったアーカンジェル。
美女の意味深な言葉に戸惑っているうちに、お留守番までまかされてしまった(笑)。
果たして伝説の家庭教師のプライドは保たれるのか?
次回、無愛想な教え子ウランボルグ登場!「運命<お約束>の出会い!(サブタイトル:君はまだ若かった)」お楽しみに!!
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