星の降る日


「アーカンジェル…」  

自分を呼ぶ声がする。呼ばれて振り返れば「あっ…」と、落胆の声。
「ウルどうしたんだい?」  
夜、私室で私的時間を楽しんでいたアーカンジェルは、読みかけの本を閉じ窓辺に立つドラゴンの方に行く。
時雨月から霜降月へ月代わりしそろそろ季節が冬支度を始めた頃、氷山の城もまた冬支度を始めだした。  
内陸部の氷山盆地に位置するこの地域は冬に大変冷え込む風が入り、非常に寒い。そろそろ暖炉の火が恋しくなるだろう。  
厚いカーテンを掻き分け、先程から窓を見ていた少年は背後の恋人に残念そうに呟く。
「いってしまった」  
一体何がと尋ねれば「流れ星が」と彼は言う。  
先程からずっと窓に立っていたのは、どうやら"それ”を見るためらしい。  
福縞の硝子工業は有名で、この城もその硝子を窓にはめているため外装の印象より質の良い物を使用している。そのせいか、この城からは夜空の星も良く輝いて見えた。
「さっき、流れ星が二つあったんだ。だからアーカンジェルにも教えようと思ったんだが、間に合わなくてすぐにいってしまった」  
ちょっと眉を寄せて残念がる少年のあどけない様子に、笑みが零れる。
「わざわざ、私に知らせようと…?」
「そうだ、前にアーカンジェルが教えてくれただろう。流れ星がいってしまう前に三回"願い事”を思えば叶うと…」  そう告げると、再度外へと視線が行く。  
吐く息に曇る窓からは、見事な星空。  
日ごと寒さをつのらすこの空は、比例して日ごと輝きを増していく星々をその身にまとう。
「だが、すごく難しい。流れ星は速くて、なかなか上手くいかない」  
声音は大変真剣なもの。
そして、それを裏付けるように彼の黒瞳も生真面目な面持ちを見せ、必死に新たな流れ星を探していた。  
傍らでそれを見守る青年に一つ名案が浮かぶ。
「ウル、流星群っていうのを知っているかい?」
「リュウセイグン?」  
聞き覚えが無いのか、彼は首をかしげて聞き返す。
「流れ星がいっぱい夜空にあることだよ」  
説明すれば何か思い至ったらしく、ちょっとつり上がり気味の目が大きく見開く。
「"星の降る日”のことか?」  
今度は青年が首をかしげた。
「“星の降る日”?」
「陰界では、夜空に星がいっぱい降るように落ちる日をそう呼ぶ」
「なら、多分そうかもしれないね。実際、星が空から降ってくるようだと聞くから。ウルは見たことがあるのかい、その"星の降る日”を?」  
何気ない恋人の質問。  
けれども、問われたドラゴンはすぐには答えない。  
夜空を彩るそれにも劣らない輝く銀糸が持ち主の頬にかかり、かきあげる指先が厚いガウンの袖から覗く。  
僅かな時間が過ぎて、それからちょっと困ったような顔をして――――――少年は一つ条件を出した。
「今から話すことに絶対笑わないで欲しい…」
「うん、解ったよ」  
二つ返事で返す恋人にまだ不安が残るのか、決まり悪げにドラゴンは話し出す。
「これは、俺がまだ子供の頃の話だ。いや、今でもまだ大人じゃないが、本当に俺が子供の頃の話だからな…」  
そう、念を押すあたりが非常に珍しいやら可愛らしいやらで、実はその時点で青年は笑いそうになったが、先に言った手前必死に我慢する。
「その頃俺が話す相手といえば、たまに会う大じいぐらいしかいなかった。母親は前にも言ったがあんなやつだったし、まだブランシェには出会っていなかったからな。そんなある日、大おじが”星の降る日"のことを俺に話してくれた。小さかった俺はその話にすっかり夢中になって、大じいに必死にお願いしたんだ」
「何を?」
「その"星の降る日”が見たいと…」
「うん、うん…」  
そう、相づちを打ちながらアーカンジェルはまたもや笑いそうになる己を叱咤した。  
なにより、無口無表情でふてぶてしくて、ちょっぴり傲慢気味が売りの幻獣王の少年が、”必死"になってお願いなどなかなか想像できない。仲間内が聞いたら、確実に爆笑ものの光景である。
「すると、大じいは何故か笑いながらだったが、快く承諾してくれて『今度みせてやろう』と言ってくれた」  
ああ、やっぱりと心内で、青年は前王のドラゴンの態度に納得する。  
少年のそういった姿は誰が見てもそういった光景に映るものらしい。
「そして、その日が来た。俺は俺なりにすごく楽しみにしていて、前の晩もずっと眠れなかったんだ」  
そこでいったん区切ると、ウランボルグは真剣そのものの表情で恋人に頼んだ。
「アーカンジェル、お願いだからこれから先を聞いても笑わないでくれ…」
「う、うん……」  
そこまで言うからには、何かよほど気にすることがあるのだろう。だが、そのことを聞いた時自分は大丈夫だろうか。今でさえ、こんなに苦労してこらえているというのに。  
しかし、真剣な光をたたえる双眸で見詰められると結局断れなく、アークは了解してしまった。
「………で、問題の“星の降る日”なんだが……さっきも言ったが俺は前日寝ていなくて、その…星が見えるのは当たり前だが夜で……」
「で?」
「…………………寝過ごしてしまったんだ…」  
消え入りそうな声で、ウランボルグは言った。
「へっ…」
思わず間が抜けた声が出た。ええ、全く間が抜けてると青年は思う。
「起きたらもう朝で、大じいが笑っていた……」
 
途端、爆笑の渦が部屋を満たした。

「アーカンジェルの嘘つきっっ!!!!」

――――――バタンッ  大きな音を伴い勢いよく扉が閉じられる。  
ちなみに、その部屋は神聖統合軍総帥様の寝室であってドラゴンのものではない。  
だが、肝心の部屋の主は現在床の上でおもいっきり笑い死にかけていた。
「…あっ…ウル…ごめ………」  
笑いながら話しているので、まるっきり言葉にとして機能してない謝罪を言いながら、なおかつ笑い続けるアーカンジェル。  
幻獣王の少年が部屋にたてこもってしまうのも無理もない状況だった。  
けれども少年の昔話などめったに聞けるものではない。しかもその話がこんなに可愛いものなら
――――――笑うなと言うほうがよっぽど酷である。  
何より、ここで笑わずして一体いつ笑うというのだ。幼子が眠りこけてしまうのはよくある話だが、その幼子が“あの”ウランボルグとなれば話は新世界。もうその光景を想像してしまうだけで、にやけるなんて飛び越えて大爆笑ものの可愛さだろう。  
難をいうなら、その場に自分が居合わせるのが全く出来ないことぐらいだろうか。出来るものなら是非とも一目この瞳に収めたかったと、アークは真剣に思った。  
その後一通り思い残すことなく笑い終えた青年は、すっかり引きこもった恋人を迎えにドアの前に立つ。
「ウル、さっきのことは謝るよ。悪気があって笑ったんじゃないんだ」  
そう彼が言えば、部屋の奥から拗ねきった声が返ってくる。
「アーカンジェルの嘘つき、あんなに頼んだのに……」
「別に君のことが可笑しくて笑ったんじゃないよ。それにね、ウルの小さい頃の話はあんまり話してくれないから、私はすごく嬉しかったな…だから…」
「普通、嬉しくてもあんなに大爆笑はしない…」  
的確なドラゴンの突っ込みに青年は言葉が詰まった。どうやら、この手は駄目らしい。
じゃあ次の手と品を変えてみる。
「でもウル、寝過ごすなんて恥ずかしいことじゃないよ。小さい頃のことなんだろう、しかたがな……」
「思いっきり笑ったくせに……」
「…………」  
これも駄目なようだった。ならば三度目の正直と、青年は再度手を変える。
「そうだ、ウル私の昔話を聞かないかい?君と同じような話で、笑われるようなことなんだけどね。君にだけ“特別”に教えてあげるよ」  
『特別』――――――それは素敵で甘美な言葉。  
特に“君にだけ”なんて所がかなりポイントが高い。
今回は的確な突っ込みが無い、つまりそれはドラゴンがぐらついてる証だった。  
そんなぐらつく少年の心に、畳み掛けるように恋人の言葉が届く。
「でも、人と話をする時は相手の目を見て話すのがマナーだから、この状況だと残念だけど無作法になってしまうな。折角君と話がしたいのに……ドア越しではウルの姿が見れないから、すごく寂しい。私は君の全てがとびきり大好きだけど、一番好きな所がどこか知っているかい?」  
「どこが?」と尋ねれば「瞳」と言葉が返ってくる。
「その瞳に私が幾度見惚れているか、君は知らないだろう?」
――――――だから  
「見せて欲しい」と囁かれれば、嫌とは言えない。  
「話をしよう」と頼まれては、嫌とは言えない。  
「傍においで」とこわれれば、嫌とは言えない。  

結局、ドラゴンは恋人には勝てなかった。

窓の夜空を背景に、二人は顔を見合わせ話をする。
それは青年の昔話。
「これは私が教団に入って、まだ一年経ったか経たないかぐらいの時だよ。フェンと一緒にボッシュ様と図書館の本の修復をしていた時にね、彼女が一冊の本を持ってきたんだ。それは『星』について書かれている本らしく、色々な絵が描かれていて二人で作業そっちのけで読んでしまっていた。そこに『流星群』のことが書かれていたんだ。本いっぱいにその光景が描いてあって、とっても綺麗でどうしても本物が見たくなった私達はボッシュ様にお願いして、今度その日がきたら見てもいい許可をもらったんだよ…」
「それで、どうしたんだ?」
黒瞳が映す己を見ながらアークは答える。
「ついにその日がきてね、すっごく楽しみにしながら二人とも夜を待っていた。夜になって、ボッシュ様と約束していた場所でそれを見る、そう見るはずだったんだ……」  
そう言うと、彼は思い出したように小さく笑いだす。  
ウランボルグはわけがわからなく、小首をかしげその様子を見ていた。
「と、話の途中だったね。ごめんごめん……。で、二人とも最初は待っていたんだ、でもその内……」
「その内?」
「そう、その内…――――――寝過ごしたんだよ。君の時と同じでね」
悪戯っぽい笑みを作り、青年は一言付け足す。
「恥ずかしい話だろう」  
それから、お互いの目があって二人とも笑いだす。ひとしきり笑いあってから、再度目が合う。
「ウル、それで結局君は“星降る日”は見ていないのかい?」
「アーカンジェルこそ、“流星群”はそれっきり見ていないのか?」  
今度は二人ともで互いの質問に否定した。 あとは簡単だった。青年が百科事典と暦を持ち出し調べて、少年が行きつけの森のとある所を持ち掛け、“いつ”と“場所”を決める。約束の証はいつもの唇接。
最後の仕上げは眠るだけ。  

大きすぎるくらい大きい寝台に二人は潜り込む。
「アーカンジェル、早く寝ないと明日起きていられないぞ」  
眠る前に軽く読書するのが青年の日課だったが、今夜はそれは駄目だと少年が咎める。
咎められた青年は、ならば意趣返しだとからかいを口にした。
「大丈夫だよ、私は大人だから。君こそ早く寝ないと危ないんじゃないか?」
「俺はそんなに子供じゃない」  
さり気にそれを気にしている少年は、憮然とした面持ちで言い返す。それから、己の胸に手を当てて少し困ったような顔をした。
「…でも、あの時と同じでドキドキして眠れない」  
そんな様子がほほえましくて、青年は心持にやけながら
――――――生憎ドラゴンは気が付いていない――――――自分も同じだと告げる。
「私も、あの時と同じでドキドキして眠れないよ」  
それでも眠らなければ明日はやってこないからと、二人仲良く眠りにつく。楽しい夢を見飽きる頃にはきっと夜が明けていると、二人仲良く眠りについた。  


翌日の夜、空を覆いつくすような流れ星が降り注いだ。ドラゴンとその恋人は内緒の場所で仲良く並んでそれを見ていた。  外はいつにも増して冷え込んでいたが、寄り添う二人と重ねあう手のひらは何よりも温かい。
「アーカンジェル、何をお願いする?」
「秘密だよ、言うと効き目がなくなるから」
「そうなのか。じゃあ、俺も秘密だ」  
それから息が触れ合うほどに頬をよせ、ゆくっりとキスをする。  
重ね合わされている唇は何も語らないが、愛し合う二人はささやかな願い事を星に願う。
“愛するあの人がどうか幸せでありますように”  
頭上では今も流れ星が落ちては流れ、落ちては流れ……落ちては流れる。
そして、  
――――――願い合う恋人達をいつまでも見守るのだった。  



                                                             ack






あいか様より

素敵なお話を頂戴いたしました。
ウルとアークのラブラブっぷりに管理人、胸がドクンドクン鳴りっぱなしです〜♪
幼い頃のウル見たいですね〜♪
そりゃあもう、星を見るのを楽しみにしながら寝てしまったウルが見ることができたなら、鼻血ものでしょう(笑)。
夜空を見上げる恋人たちというシチュエーションは、かなり萌えです〜!!
あぁ、管理人、夜空のお星さまになりたい!(なにかがちがう!!笑)。


最近、SSを書けない(時間がない、慢性スランプ続行中)管理人にとって、あいか様からいただいた、
このお話は救いの神様、宝物です〜♪
本当に本当にありがとうございます〜♪

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