Private Lesson

第4話 「決戦は金曜日!!」


今日は1学期最終の金曜日、聖竜学院中等部の終業式である。いよいよウランボルグの成績表が戻ってくる。
  アーカンジェルは、もうすぐ学校から帰宅するであろうウランボルグを彼の部屋で待っていた。
  『教え子の成績表の結果をこんなに気にしたことがあっただろうか?いや、なかった気がする―――』とアーカンジェルは過去の記憶を遡ることで、ドキドキして落ちつかない心を静めようと努力していた。それでもなかなか気になって落ち着かない。手持ち無沙汰になったアーカンジェルがウランボルグの机に向かい、本棚から無造作に抜き出した本『二大世界分割魔法の考察』を何気なくパラパラと頁をめくっていると、背後から両肩にフワリと2本の腕が絡み付いてきた。アーカンジェルには、2本の腕が誰の腕なのかは、振り向かなくても判る。気配をさとられずにアーカンジェルの背後をとることが出来る者は、この部屋の主しかいない。
  「ウル―――お帰り」
  「ただいま―――――アーカンジェル」
  背後から絡められた腕は一向に解かれる気配がなく、振り向くことも出来ない。
  「ウル、腕を解いてくれないか?このままじゃ、君の顔が見えない」
  無理に振り解こうとしない恋人に気を良くしたウランボルグは、アーカンジェルの耳元で何度も繰り返してきた愛の言葉を囁く。
  「愛している、アーカンジェル」
  アーカンジェルは自分の顔に血の色が上っていることを自覚しつつ、耳元から首筋に移動しつつあるウランボルグの唇を感じて狼狽する。
  「…………ん? こら、子供が意味もわからず、なにをするか。そんな真似は十年早い」
  アーカンジェルは片手を上げて、黒髪の頭を軽くたたいて窘めた。
  声なく笑ったウランボルグの息が首筋にかかり、少しくすぐったい。おまけに心臓がドキドキと高鳴っており、この音がウランボルグに聞こえているのではないか?と思うと、どうしようもなく恥ずかしい。
  「なにがおかしい?」
  「アーカンジェル、今日、成績表をもらってきた」
  「ああ、勿論、知っている。だから私は君が帰宅する前から、こうして君の部屋で待っていたのだから。…そろそろこの腕をほどいてくれないか?」
  ウランボルグはアーカンジェルを軽く抱きしめたまま、話を続ける。
  「先日、アーカンジェルが言った約束を覚えているか?」
  「私が君との約束を忘れるとでも?君がすべての教科で評価5をとれたら―――――って、まさか、ウル?」
  「アーカンジェルからご褒美をもらえるという機会を、見逃すわけにはいかないからな」
  ウランボルグは背後からの抱擁を解き、椅子に腰掛けるアーカンジェルの膝元正面に座り込む。半信半疑の表情のアーカンジェルを見上げ、無表情で成績表を差し出した。アーカンジェルは差し出された成績表を受け取り、震える指で成績表を確認する。
  「そんな、まさか、こんなに急に成績が上がるなんて」
  繰り返し、成績表を眺めてみても、すべての教科に評価5の数字が並んでいる。驚きを隠しきれないアーカンジェルが成績表から頭を上げると、満面の笑みと言っても過言ではないウランボルグの笑顔とぶつかる。思わずアーカンジェルも破顔し、ウランボルグの夜空のような瞳を覗き込み、柔らかなクセ毛を優しく撫でる。
  「ウル、よく頑張ったね、まさか君がこんなに早く成績を伸ばせるなんて思っていなかったよ」
  「すべてアーカンジェルのおかげだ」
  「いや、ウル、君の努力がなければ、ここまで良い成績はとれな―――」
  アーカンジェルの言葉は不意に遮られた。ウランボルグは頭を撫でていた愛しい恋人の手首を掴んで立ち上がり、横抱きにしたかと思うと、黒が基調のシンプルなWベッドまで軽々と運んでしまう。いきなりのウランボルグの暴挙に呆然としていたアーカンジェルであったが、ベッドに降ろされウランボルグが覆い被さってきた時点で、ハッと我に戻り、ようやく抵抗を始める。
  「ウル、こら、や、やめなさい、ウランボルグ!!」
  制止の言葉が聞こえているのか、それとも敢えて聞こえないふりをしているのか、ウランボルグはアーカンジェルの手首を拘束したまま、首筋に顔を埋め、甘えるように顔をすり寄せる。
  「ウル、いい加減にこの手を離しなさい」
  「いやだ…。離さない、離したくない」
  どうやら制止の声は聞こえているらしい。まるで駄々っ子のような言い草である。ウランボルグとの抱擁はアーカンジェルを幸せな気分にしてくれるが、同時に年下の恋人の激しい愛情攻撃を怖いと感じてしまう自分に戸惑っていることも事実である。恋人の過剰な愛情表現を押しとどめる拘束の呪文を知らないわけではないが、その魔法を使う気にはなれなかった。
  しかし、当分、ウランボルグがこのまま手を離す意志がないことを感じたアーカンジェルは、瞼を閉じ、極めて冷静な声でウランボルグに通告する。
  「ウル、今、やめないと、君のことを嫌いになるよ」
  『嫌いになる』の一言は、恋人に触れることが出来て、有頂天になっているウランボルグの頭を急激に冷やすには充分であった。覆い被さっていた身体を離し、そっとアーカンジェルの上体を引き起こして謝る。
  「すまない。アーカンジェルの水色の瞳に見つめられると、理性が崩壊しそうになる」
  ウランボルグは、自ら掴んでいたアーカンジェルの手首が赤くなっているのを認め、手首を自分の顔の前へと持っていき、そっと唇を押し当ててキスをする。ウランボルグの唇が手首に触れた瞬間、アーカンジェルはビクッと反応したものの、一言も発しない。
  「アーカンジェル?」
  不審に思ったウランボルグは、引き起したアーカンジェルが瞼を閉じたままであることに気づく。
  「アーカンジェル、目を開けてくれないか?」
  「いやだ…。開けない、開けたくない」
  これでは先ほどのウランボルグと同じである。
  「どうして?さっきのお返しということなのか?」
  「ウルの理性が崩壊すると、とても困る」
  アーカンジェルの言葉に、ウランボルグは先刻の自分の駄々を激しく後悔する。目を閉じていてもアーカンジェルは美しく、ウランボルグのアーカンジェルへの愛しさはとどまることを知らない。だが、愛する人の美しい青い瞳が自分を映してくれないのはとても悲しい。ウランボルグは軽くため息をつき、目を閉じたままのアーカンジェルの両頬をそっと両手で包み込む。
  アーカンジェルが想像していたよりも暖かく大きな手。離れていた2年の間にウランボルグは確実に成長している。そのウランボルグの指が、アーカンジェルの閉じたままの両の瞼の上をなぞり、次いで唇をそっとなぞる。額にウランボルグの額がコツンと重なり、ウランボルグの吐息を真近に感じる。
  「アーカンジェル、俺はアーカンジェルに嫌われることが何よりも怖い、さっきは俺が悪かった。お願いだから、そんな意地悪を言わないでくれ」
  心の底から反省しているらしいウランボルグの哀願に、アーカンジェルはゆっくりと瞼を上げる。冬の夜空のような黒の瞳には、覗き込む自分の瞳が映っている。吸い込まれそうな強い眼差し。ウランボルグの熱の近さにアーカンジェルの白皙の頬はすでに朱に染まっている。
  「本当に反省している?」
  「俺はアーカンジェルを傷付けないと誓約したのに。アーカンジェルの笑顔を見て、自分を止められなかった。反省する」
 ウランボルグは両手を上げ降参のポーズをとり、アーカンンジェルから少しだけ距離を置いて座る。
  「アーカンジェルは、俺のこと嫌いになったのか?」
  不安げに尋ねるウランボルグに、内心、少し脅しすぎたか?と思いながら、アーカンジェルは苦笑して答える。
  「私が、ウルのことを嫌いになるはずがないだろう?ただ、君があまりにも性急すぎて驚いただけなんだ」
  「じゃあ、急がなければイイんだな?」
  「え?ウル?」
  一旦、俯いて「よし!」と呟いたウランボルグは顔を上げ、アーカンジェルを真っ直ぐに見据え、無表情のまま確認する。
  「この前、次の成績表で全教科評価5をとったら、褒美をくれると聞いた」
  「ああ、君と約束した」
  「アーカンジェルは、俺に何が欲しいものがあるかと尋ねたな?」
  「君は結果を出した後で言う…と確かに聞いた」
  「結果は出した。アーカンジェル、褒美に俺が欲しいものをくれるか?」
  「・ ・ ・ ・」
  アーカンジェルはたじろいで、煩悶する。
  『とっても嫌な予感がする…先に欲しいものを聞いておけば良かったのか?』
  「ウル、先に、何が欲しいのか?聞いてもいいかな?」
  おそるおそる尋ねるアーカンジェルに、ウランボルグは悪戯を企んだ子供のように微笑んで爆弾発言を落とす。
  「俺が欲しいものはただ1つしかない。アーカンジェルが欲しい」
  「 ――――!!!」
  なんとなく予想はしたもののメガt衝撃(ショック)!!にアーカンジェルは言葉に詰まる。
  『・ ・ ・うぅ、約束は破れない。どうすればいい?』
  そんなアーカンジェルの胸中を察してか否か、ウランボルグは距離を置いていたアーカンジェルに、人(竜?)の悪い笑みを浮かべつつ、真正面からゆっくりと近づいてくる。迫るウランボルグから逃れるように、耳まで朱に染まったアーカンジェルはジリジリと後ずさりするが、そこはベッドの上、あれよあれよという間にベッドサイドに追いつめられてしまう。しかし先刻とは異なり、ウランボルグは指先一本、触れることもなく、アーカンジェルを追いつめる。
  「アーカンジェル、愛している。アーカンジェルがそばにいてくれるだけで、俺は幸せだ。だから、アーカンジェルが本当に嫌なら、断ってくれてかまわない。嫌だと言って欲しい。俺はアーカンジェルを傷付けないと約束したのだから」
  「・ ・ ・その台詞は反則だ、ウランボルグ。君はいつもそうして、音をあげるまで私を愛情で攻め続ける。いまさら逃げ場のない私は、陥落するしかない」
  拒絶の言葉を覚悟していたウランボルグであったが、思いがけない愛しい恋人の言葉に嬉しさを隠しきれない。長いプラチナブロンドに指をからめて、薄水色の双眸を覗き込み、もう一度、思いの丈を込めて囁く。
  「愛している、アーカンジェル、この命のある限り」
  アーカンジェルが静かに目を閉じたことを合図に、ウランボルグはアーカンジェルの瞼、頬をゆっくりと指でなぞり、軽いキスを落としていく。指が唇に到達した時、アーカンジェルが小さく震えたことに気づいたウランボルグは、心の中で自らの理性が持ちこたえるように祈る。そっと唇が触れるか触れないかという軽いキスを落とし、恋人が拒む様子がないことを確認したウランボルグは、次いで上唇と下唇とを交互についばむだけのバードキスを何度も繰り返す。優しく包みこむようなキスを。 キスの合間に小さな声でアーカンジェルが呟いた言葉―――――
  「愛してるよ、ウランボルグ」
  恋人の愛の告白を聞いた瞬間、ウランボルグは身体中の熱が沸騰したかと思うほどの高揚感を得る。恋人に怯えられないようにと、懸命に自らに課していた理性が音をたてて崩れていくことを自覚する。
  「アーカンジェル…」
  穏やかで優しく重ねられてきたキスが、突然、荒々しいキスに変化する。濃厚なディープキス。アーカンジェルの全身が跳ねる。 それでもかまわずに、ウランボルグは、激しいキスを繰り返す。キスの合間に漏れるアーカンジェルの喘ぎが、ウランボルグの熱を一層高くする。
  「……………んっ…」
  強く舌を絡められ甘噛みされる、息を奪われてしまうほどの激しいキス。アーカンジェルが背中に回した手で束ねられた黒髪を引っ張ろうが、背中をたたいて抗議の意思を示そうが、抱きすくめられた腕はびくともしない。
  ウランボルグはアーカンジェルの抵抗をものともせず、紅く色づいた耳朶を軽く噛み、アーカンジェルの細く白い首筋に唇を押し当て愛撫する。ウランボルグの手が腰に回され胸元に滑り込んだ時点で、アーカンジェルは抵抗を止め、震える声でウランボルグに制止の言葉をかけた。
  「嫌だ ――――ウランボルグ」
  抵抗を無視して続けられた愛撫がピタリと止まる。腕の中の恋人が小さく震えているのを見て、ウランボルグは自分の失敗を悟る。暴走を謝ろうと口を開いたときに、恋人が先に謝意を口にする。
  「ごめん、ウル」
  「なぜ、アーカンジェルが謝る? 悪いのは俺のほうだ」
  「私は君にご褒美をあげる約束を守れない」
  アーカンジェルの目尻に溜まった涙をキスで拭って、ウランボルグは笑顔で答えた。
  「いや、アーカンジェルから最高のご褒美は貰った。これ以上を求めるのは、俺の欲張りだな――――今はまだ」
  ウランボルグの言う褒美の意味が判らず首をかしげる恋人に、再度、ご褒美を要求する。
  「愛している、アーカンジェル。だから何度でも聞きたい。アーカンジェルの口から。俺を死ぬまで呪縛する言葉を」
  ご褒美の意味が判ったアーカンジェルは、ウランボルグの背中に手を回して抱きしめて囁いた。
  「愛してるよ、ウランボルグ」

 約束を守ることが出来てホッとしているアーカンジェルは、次のご褒美は何を要求しようかと不敵に考えているウランボルグに、まだ気づいていなかった。

――― 終 ―――


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